アサダムーチョ

9月
25日 池袋鈴ん小屋
27日 高円寺ウーハ

10月
1日阿佐ヶ谷ロジ
黒岡さんとツーマン
familybusiness少々有り

ヨ〜ロピ〜



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効果

映画4本観て。

前、ちらっと考えてたんやけど、
映画をたくさんたくさん観ること、つまり、映画を好きになることの人生への効能てなんやろな。

と、また考えてた。

今日読んだ師匠の本に、如、とか、空とか、出てくる。

要するに、全ての事象は、縁によってできたもので、実体はない、みたいなことやった。
何もない。てこと。

わたしは、映画が好きや。

人間は嘘をつく。必ず、嘘をつく。
しかし、映画がわたしにいうのは、嘘をつく目的は、人を傷つけないため、鮮やかに戦いを避けるため、笑いのため、幸せのため、人のため。つまり、自分のために嘘はつくな、と、映画は、わたしに言う気がする。
まあ、人のために嘘をつくいうのは、上級な心理的知性を問われる気がする。やっぱり嘘は嘘やし、隠しごとは、隠しごと。しかし、自分のための嘘にしがみつく人間は、哀しいかな、わかるもんや。
ずるいのは、哀しい。
嘘のない人生を生きれたら、幸せやな。
間違いなく、幸せや思う。
いつか、そんな自分になりたい。
素直に、そう思う。そう願う。わたしは、幸せな人間がどんなことなのか。
いまいち、わかってない。
わたしが好きな小説は、悪徳が多い。
嘘のない人生を喜ぶなら、小説はいらない。小説なんて書けないと思う。
しかし、人間から嘘を除くことなんて、太陽を浴びる植物に、伸びるな、咲くな、というようなもんではないか?
わたしには、わからん。
しかし、映画は素晴らしい。
小説も素晴らしい。
ならば、嘘も、素晴らしい。
嘘が素晴らしいのは、苦しみを伴うからであろう。
真実である。人間の傲慢や弱さを知る瞬間。大事や。たくさん学ぶことがあろう。

映画は素晴らしい。

なんかそんなことを考えながらの師匠の本は、なんの媒介にも頼らず、

ただそこにある。

ただそこに並ぶ、
如、空、禅、不生、頓

など、の、思想。

本当に、凄いものが、ここにある。
こんなことを考え抜いた天才たちがいた。インド、中国、日本へと。

長い長い時間を旅した。

その旅はいまも続いている。

わたしも、巻き込まれた。

わたしは、誰かの旅に巻き込まれたのだ。誰かとは誰?
紀元前からの、お釈迦さまの旅が時空を超えて延長しているのかもしれない。

しかし、空、如、

あるがままに、なにもない。
なにもないが、ないがままに、ある。

時空を超越した気持ちが芽生え始めた気がする。

永遠の今に、つながる気がする。

わからんが。

映画観てハイになる。

明日の夜この家、最後や。

石ちゃんはライブでいない。

わたしは独り占め。

センチメンタルロマンチスト。

たくさんの思い出を掻き集めて、ひとつひとつ、綺麗に磨いて。
また、次の家に持ってくよ。

遊びに来てくれた人たち。
ありがとう。この家に代わって、わたしはお礼をいう。

たくさんの笑顔と、たくさんの音楽。

ありがとう。ハイツ501より。





iPhoneから送信
2016.08.29 Monday 00:32 | - | comments(0) | -

ホリデー

ダラスバイヤーズクラブ
ハーレムナイト
ファインディングテンプテーションズ
ピアノレッスン

朝6時に。目覚めてしまったので、映画三昧してたら4本観た。

良い映画ばかりであった。

泣けた。

たまには涙を流すのも良いね。

ちょっと昼寝しようかな。

火曜日、いよいよ引っ越し。

来月はまた落ち着かんやろし。
たっぷり映画観たから、心は元気や。

映画万歳。
iPhoneから送信
2016.08.28 Sunday 16:21 | - | comments(0) | -

no title

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2016.08.27 Saturday 19:12 | - | comments(0) | -

no title

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2016.08.27 Saturday 19:09 | - | comments(0) | -

関心は

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同情である。共に生きることである。


良いページ。
破って食べたい。
優しさは、大事や。
一歩、深みのある優しさ。
それは、知性や。科学的観察。


学問は愛情やと、養老孟司の本にあった。バカの壁やった思う。
当時はよくわからんかったが。
いまは、少しずつわかり始めた。

ここにも似たことがある。

まるで、自分を支える考えの答え合わせをしていく感じがある。

わたしは、本をチェックしながら、自分をチェックしてるらしい。

読書ってそういうことなんかな?

不思議に思う。

自己採点。



2016.08.27 Saturday 14:48 | - | comments(0) | -

鳥みたいな

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可愛い頭。

でも、これ、可愛いと思う人ってわたし以外におらんねやろな…

こんなに丸くてふわふわ。

明日休みだー。

仕事の復習せなな。


2016.08.27 Saturday 12:30 | - | comments(0) | -

ギギギ

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参ずるべき疑が内から湧いて出たものにありては、自然、その解決に、様々の工夫をすることであらうが、従って工夫の窮まるところ、実悟を得るであらう。

盤珪という人は、師匠が居なかったらしい。盤珪には、内から湧いてくる疑があった。これに命をかけた。明徳とはなんぞ?という、これ、儒教らしいが。その明徳とは?いうところから。

盤珪、道元、白隠、日本の天才の名僧たち。なかでも、盤珪は、ずば抜けて、ユニークで独創的だという。

師匠が居なかったのも良かったのかもしれん。


参ずるべき疑。
私にはあるか?

あるんだ。

大学の先生が、ある尊敬する、数学者と話したらしい。そのときに、言われた言葉らしい。

雲の上はいつも晴れているよ。


それを、先生は授業中に言ってた。
あまりに良い言葉でメモった。

なんども思い出すうちに、考えるようになった。私は、雲の上にどうすりゃいけるか?

考える考える考える。

そういのもあって、鈴木大拙という仏教界のスーパースターらしい。
もちろん自分は知らんかった。
しかし、ここへ、たどり着いた。

少しずつ読む。漢字も常用外が多い。漢文出てくる。訳は、古文。他も、古文ほどではないが、古い日本語。

骨折る。

しかし、無駄骨を折らずして、何事もなし得ないとあった。

盤珪という人も、身共は、若かりしころ、鈍なりて、いかい無駄骨を折りましたわいの。

いうてはった。

大拙師匠、全巻、理解できずとも、

とりあえず読まな、あかん。

これは、やらなあかん、こと。

と、思う。雲の上へ行く、はしご。

しかし、悟りという言い方をするなら、どうやらそれは、頓。とん。

いきなり、ふいに、開けるそうだ。

しかし、雲の上が、果たして悟りの世界かは、わからん。

禅的、心の在り方、それをマスターすれば、矛盾を笑える余裕が生まれるのかもしれん。

そういうことが、読み取れんが、書いてあった。

矛盾については、昨日書いた。続きね。

矛盾。二元性。
男女、善悪、喜怒、愛憎、

確かに、矛盾を肯定する余裕がないから、怒りは生じるいうケースをたくさん思い出す。

他人にムカついたら、自分の余裕がないとき。力不足は認めて、頑張るしかない。もしくは、他人様にもいろいろあるから、余裕シャクシャク生きてる人間なんて。今日日、いてまへんえ。

AIに仕事を奪われる時代や。

大変な時代。今までにないくらい。はじまった。

これから、いかに、人間は、自分たちの手で、心を幸福にしていけるか?

そこだけは。自分たちで、人間の仕事としてありますように。と、思う。

だから、先生を見つけるのは素敵なことかもしれんね。人口知能相手に英語を練習、学習できるアプリとかある。

なんかを学ぶなら、人間から学びたい。

人間もデータっちゃ、データやろけど。

うーん。

人間瓜二つなAIができたら、
人間は、相手が同じ人間であるかのような幻想を簡単に抱く。

だから、問題ないのかもしれん。

わたしにはわからん。

しかし、わたしは、人間の生徒でありたいし、紙をめくる読書家でありたい。

なんとなく。そう思う。
この、なんとなく。てのが、最後の砦な気がする。
これが無くなったら?大変。

説明できんでも良いと思う。
違和感に対する正直な反応。
言葉にできるなら、もちろんそのほうが良い思う。

ああ、寝る時間


良い読書のあとは雄弁なり。









2016.08.26 Friday 23:21 | - | comments(0) | -

ジャンボ串

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屋台

アミーゴマウンテンフェスの風景
amf

これ、あほみたいにでっかい油絵で描きたいな、

最高におもろいやろな、

アミーゴマウンテンフェスの風景

絵巻風に油絵でやりたいな

高さ1.5幅10メートルくらい。


製作費なんぼやろ?


10万あれば、いけるか。
必殺どんぶり勘定

そうなると、アトリエがいるな。
風呂なしで4万以下

結局、それが高い。

誰か、アトリエ共同で借りれないかな。
馬鹿でかい一軒家。

しかし、こういうのって一人で没頭したいもんな、誰かいたらすぐに途切れるし。

なんせ、家でやれないならしゃあないな。

しかし、描いたとこでどうする?

なに。そんなことは考えても仕方ない。

どうせ売れない。
私は、画家ではない。

しかし、これをいつかやれば。

ただただ嬉しいだろうと思う。

生涯。

あほみたいにデカイ、下手くそな絵を、夢中に描いた。

って事実のある人生と、それをしてみたかっただけの人生。

それを思えば。

禅的に考えてみたら。


全てに諾と応じる。


立ち止まるな、振り返るな。


油絵には奥行きへの道を見出す気がするが、そんなもんは、ないのだ。
しかし、いつかやってみたい。なんて気持ちがありながらそれをやらぬのは、心の停滞である。問題はそこに生じる。

立ち止まるな。

また、描いて邪魔になったら。

その時に考えれば良いのだから。


今年はもう動けない。
仕事もバタバタしてくる。
大学もある。

新居の整理にも追われる。

お金を貯めよう。

なんにせよ、それや。

私は、欲しいものもなければ、行きたい所も、あんまりないという退屈な人間だ。

ちょうど良い夢。










2016.08.25 Thursday 21:15 | - | comments(0) | -

矛盾

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今日は、少しだけ読めた。
あと、久々に、おもいっきり寝た。
あとは、引っ越し準備は大方、完了。石ちゃんがやってくれた。

学ぶということは、要するにどういうことか?

今日、師匠の本読みながら思えたことがある。

独断や偏見を取り除くこと。より、真実へと近づくこと。 それが、勉強することではないかな。

真実は1番古いものだとデカルトの本、さっぱりわからんかったが、方法序説とかなんとかにあった。わからんかったが、真理は1番古いもの。という文章には、なにか余分なものの一切が洗われたような、綺麗サッパリのものを貰えた。私は、嬉しくなった。

学ぶという先に、真実の発見、に至らずとも、少なくとも、真実への歩み寄り、それが伴わないなら、それは、学ぶではなく、嫌なやつ、頭でっかちな、暴力的な極論に固執する、怒りの化石みたいなやつになる。

ということである。

化石にはなりたくないな。

一歩ずつ。
歩こう。

一歩ずつ。
自分が授かってるはずの、そもそものところへ。
帰って行こう。

なんとなく。そんな感じに思う。

どこかを目指すのは止めた。

自分の奥へ。

流行通信という雑誌にあった。マノロの記事。自分の奥へ。ファッションの矢印もそうであり、そういう女が履く靴であると。マノロは。

洒落た文章やったな。

次、靴買うならビルケンシュトックがほしい。しばらくは要らんが。

すぐ履けて、すぐ脱げて、走れて、疲れなくて、長持ちする。

やっぱり、自分には、そういう靴が必要なのである。

タイトル矛盾は、矛盾について書いてあったのを読んだ。

体験を思想化する。

とは如何

という疑問に、少しだけヒントをくれたところであった。

禅体験を反省したのが禅意識。
禅意識においては、矛盾がそのまま肯定である。とある。

絶対に相容れないものが、そのまま同一であり、そのまま相容れている。それが禅意識で、全体験を反省した姿である。


さあ。難しい。わからんけど。
感覚に覚えがある感じ。

違和感がない。

間違いないんやろな、という直感。

私は、これを学びたい。
私に、必要なもの。禅。

なぜか?

わからん。わからんが。心が活き活きする。文字を読みながらこんな気持ちになるなんて、今迄の読書には、あんまり無かった。

あったとすれば、それは、やっぱり仏教聖典と、ウパニシャッドや。

もっともっと。没頭できるようになる。

引っ越しを機に、考えが変わった。
なにかが。

そう思うし、そうでありたいとも思う。
















2016.08.24 Wednesday 22:12 | - | comments(0) | -

ハッピーバースデイ

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石ちゃん

の足はアザラシの尾のようである。
横向きで寝てるとき、
足を揃えて、腕組んでる。
アザラシみたいや。

9歳上やけど、ほんまにこの人、アホやわ…
と、しみじみ思うときがある。
わたしがアホなのはわたしはよく知ってるが。
わたしを、アホアホいうくせ、あなたも、たいがいなアホよ。

と、よく思う。イライラはしない。

このオッサン、アホやから、わたしが横におったらなあかんねやろな…

と、思うことが多い。

結婚、8年目になる。
すごいことやな。

アホがアホと一緒になって8年。

大いなるアホとなって。
アホ的日常を生きる。

一つ一つを学びながら、しょうむない喧嘩を繰り返しながら、

良い人間とは如何?

良く働くこと、両親を大事にすること、文化を学び続けること、心を良くすること、質素であること、謙虚であること、調子に乗らないこと、相手の話をじっくり聞くこと、自慢話はしないこと、

なんとなくお互いのルールが出来てる。
それやったら、おもんないで、というのが。暗黙に。

夫婦といえど、入ってきてほしくないところもあるわけやしな。

夫婦やからこそ、眼中から居なくなる。

しかし、家族を大事にできない男はくそだと。ゴットファーザーが言った。

石ちゃんは、家族も友達も仕事も大事にする人。

音楽も一緒にやってるし。

だから、なるべくなるべく離れて過ごすのが大事やな。

理解しあえないことを、理解してあげられないことを、受け入れて、それを大事に大事にしたい。

理解しあえないことを、誰かのせいにしてもしゃあない。人間は、おそらく、自分のこともわからないから、仕方ない。

そうじゃない人もいるやろけどね。

わからん、というのが良い。
精一杯、わからん、に誠実でありたい。
決めつけず、お互い自由を許したい。
その代償としての孤独は。

勉強する時間に変えたい。

今日さ、お母さんと長電話した。

本の踏ん切りがつかんで、お母さんに相談したら、手放しなさいと言われた。

なんやろな。

もう。未練タラタラやけど。

そうしようと思えた。

自分が勉強したいのは、師匠の本であって。三年はかかると思うしな。

小さな本棚にして、そこに入る分だけを所有することにする。

本棚は、木で扉つきがええなあ。

一冊買ったら一冊手放す。

毛皮を着たビーナス、マゾッホの文庫が三冊あったし、ダンテの神曲も二冊ずつあった。

二冊あった本が数冊あった。

いかに、所有リストが頭に入ってないかて話。

しかし、小説パラパラめくりながらどないしよか考えるが、

忘れてるな、だいたい、一回しか読まないからね、

サイコ
ヒッチコックの映画は見てないけど、あれ小説でよんで、おもろいなあ!

と思ったが。

思い出せないな、

毛皮を着たビーナスも。
結末忘れたな、


だから、わたしは、アホやわと思う。
すぐ忘れるから。

淀川長治の映画の記憶力て素晴らしいて読んだことある。
小林秀雄読んでも、

記憶力と独自の感性とそれを言葉に起こす詩人力。それが三つ。ばっちりそろってる人間てのが、わたしには賢いように思う。また、そういう賢い人間が文化を学び続けるときに。感動的な文章が発生してる気がする。

知ったかぶりでも、知恵自慢でも、誰かの受け売りでもない、
その人の感性によって見出された瑞々しさ。

師匠の本にも、喜びがある。

発見の喜び。

無限の発見、それが結局のところ、真実。
真実は、言葉に収まらないから、それを知ってるのが詩人ではないか。言葉の限界。


いつの時代にも、詩人の精神は重要や。
詩人の感性。


師匠の本は、体験や。
ジミヘンみたいやな、

魂をよくする為の勉強が大事。
先生が言ってた。

わたしもそう思う。









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2016.08.22 Monday 21:57 | - | comments(0) | -