アサダムーチョ

family business
Issy and Mao

10月3日火曜日
三鷹 おんがくのじかん
21時10分から40分間、family business
時間をいただきました。来てくだいなー

先着1名、アサダがハンケチーフに絵を描いた、通称、エルメスシリーズプレゼント!

おいでませ
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なにをやってんねやろ?

IMG_3291.JPG
凄い小説家の作品に出会えたとき、自分は考える。この作家は、なにをやってんねやろ?

いろいろ考える。

志賀センセの場合、
人間の関係のスケッチであるように思う。
短編でこういうことが出来るのが、このセンセの凄いとこや思う。

人間の、関係の、スケッチいうのは、
人間関係という一言ではちょっと言い尽くせない。
人間も生きてるし、関係というのも同様に、生きてると思う。
人間が人間関係を作るというるし、
関係が、人間を作る。
人間が、関係を作る。

人間いうのは、反応の連鎖で時間をつないでいく。反応というのが、関係である。

求めた反応が得られなければ怒りとなって、自分に返ってきたり、その逆は喜びと。

要するに、そこにある、そこに働いてる、そこに生きてる、力は一定や思う。
生きてるともいえるが、生かされてるのが事実。我々は、いつも、何ものかに引っ張られ、導かれ、あるいは陥れられしてる。人生は思い通りにならない。
人生は思い通りにならない、ということと芸術というのは、無関係じゃないと思う。味噌汁も、出汁入れるやん?
人生思い通りにならない、いうのが、良いダシになってる。笑い、芸術、感動すること。グルメ尊し。グルメの尊徳。


個人の感覚やから。
昔、三島由紀夫の小説にあった。
痛みは肉体を越えない、と。
そっくり、自分は自分の歌詞に拝借したが。三島由紀夫の、多分、禁色やったかな。めちゃおもろい小説やった。音楽やったかな?忘れたな。

痛みは肉体を越えないところ。
感覚とて然り。
その、個の感覚の、観察いうのかな。志賀センセの腕のするどさ。

読みながら思った。このセンセ、書けないことが、無いんやろな、と。
私には、書きたいことはあった。もちろんそうや。書きたいことはある。しかし、書けない。腕がない。才能がない。

やっぱりガキにはできない。
私には、ガキなとこがある。
大人、おばちゃんや。
しかし、ガキや。洗練がいる。
どんぶり勘定の、出たとこ勝負では、ならぬ、ならぬ、ならぬ

個を書けないと、話にならんのかもな。
集団となれば、集団の捉え方あるやろけど、

個の背負う力の量は一定である気がする。その、個の単位で、個の観察、私が読んだ作品群は描かれてる気がした。
だから、余分がなく、小さな話やのに、凄みのある、深みのある、ほんま、凄い小説。

右行ったぶん、左にも行く力が必要やな。前後左右、同様に使えたら、コントロールできたらな。真ん中ができる。

真ん中の感覚が出てくる、真ん中の感覚をもったら、ちょっとの動きが、大きく見える。

真ん中が無ければ、わけわからん。
この人、なにやってんの?となる。

志賀センセは、真ん中の軸が、
まさに、小説家という軸なんやろな、
それがやっぱり言うてる。

葉っぱが揺れただの、道を行ったら曲がり角があった、だの、

ただそれだけ。
ほんまに小さな風景の描写、
小さな文章。
小さな動き。

凄いことや。

おそるべし、小説家の感性。

私、

私、なにやってんねやろ?

軸がない。

自分というのは、ほんまによくわからん生き物である。

わかるのは?

好きなだけ。

本や、絵や、かんがえごとや、仏教や、哲学や、映画や、洋服や、寿司や、酒や、笑いやら、音楽、云々、


迷子のグルービン。
しかし、私は、大学で哲学の授業聴いて、しんどくなった。アホな私には、ややこしい。座り心地悪い。

それで、哲学の先生が、鈴木大拙の話をしてくれた。プラグマティズムを日本に紹介した、哲学者に、じつは、それを吹き込んだのが、仏教学者でね、云々、

それで読み始めた。
全集を一万円で見つけた。
今でも、ねちっこい私は、読んでる。


あのときの、嬉しさ。

ああ、これや!

いう、嬉しさったら、今までに何回かあった。

トランペット、歌、小説、ヒップホップ
、油絵、仏教、寿司、ジャズ、武の映画。

何一つ、モノになるわけはないが。

私を幸せにしてくれるもの。

なにかに感動したら、分析して考える。
なにがわかる訳でもない。

それが、一番、好きな作業かもしらんな。
分析屋。屁理屈多いとは、言われたことないけど。

というのは、やっぱりちょっとズレた分析してるのやろな。

アホに生まれたから、授かる感動は、少なくない。凄いことは、わりとある。
凄い人は、確かに、いる。

しかし、私は、アホなので、ちんぷんかんぷんな分析を、思索を、それでまた、ワーキャー、ワーキャー、

いつまでも、いつまでも、見上げるのである。

オーラの泉に診てもらいたい。

私の守護霊、めっちゃ、めっちゃ、めーっちゃ、アホな奴が、三人くらいついてるんちゃうかな。

まあ、アホにはアホの仕事があるから、
それを、我が魂の仕事と呼び、
この命が尽きるまで、それに従事するのみである。

ちんぷんかんぷん。

んが4回も出てくる単語て、日本語に、この他、無いやろな。

うん。

どうやら、ボブマーリーも、ニーナシモンも、セロニアスモンクも、
私には、憑いてない。

坊主も、天然パーマになりますように思いながらバリカンやるけど、いまだ、直毛やもん。
家族には天然パーマがいる。
私も、髪長いころ、雨の日は、クルクルの部分があったから、天然パーマの血はあるに、
バリカンバリバリ、直毛なり。

真っ直ぐに生きて、頭打って、早く、怪我して、大怪我して、
すってん、ころりん、はい、さいなら、

となりたいですね。

忍忍






2017.08.25 Friday 17:01 | - | comments(0) | -

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2017.09.22 Friday 17:01 | - | - | -
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