アサダムーチョ

family business
Issy and Mao

10月3日火曜日
三鷹 おんがくのじかん
21時10分から40分間、family business
時間をいただきました。来てくだいなー

先着1名、アサダがハンケチーフに絵を描いた、通称、エルメスシリーズプレゼント!

おいでませ
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疲れ

るけど、

この歳になっても、
まだまだ知りたいことが
あるんやな、
と思う。

考えてみたいこと。

不思議やな。

ある事柄がわかったとき、
わかったとは言えない
ちょっと近づけたとき、
自分が何が知りたかったのか、それさえうまく言えないくらい、ぼんやりした、気になり感じ、が、
見えて来る。

逆説。

答えがわかってこそ、問題というか、自分の抱いてた疑問がわかる。

自分がわかる瞬間。

あっ、と思う。

このとき、自分は、なにと出会えたのだろう?

自分は、自分に出会えた気がする。

私は、子供のときから、わりと哲学的な考え、物の見方をしてたんやと思う。

いつも遠くから眺めてる。
いつも離れたとこから考える。

ふるいにかけて、残るものは、哲学や宗教や芸術についてであった。

自分は、自分に出会えたら、
面白いんやな。

不思議や。

良い先生から学ぶ。

ただ、それが自分には面白かったが。

なぜ、それが面白いのかな、

といえば、自分に出会えるからなのだろう。

先生の感覚を知りたい。
思考を知りたい。
心を知りたい。


なぜなら、何かと比較したときに、自分は見えて来る。比較なしに自分を把握できないのが人間やという。これは、心理学の授業で昔、聞いた。

良いものと比較するのが、面白い。
自分の情け容赦ないほどの、ぶさいく感。これは、悪いものと比較したら、埋もれる。
寂であれ。


人間、かっこよくなりたいが為に生まれてきたんかもしれん。

しかし、情け容赦ないほど、ダサい、ぶさいく、不器用、ナンセンス、アホ、怠慢、欲張り、見栄っ張り、

これ故に、生まれて来たのだと思う。

師匠の本にあった。

天国に飽きてしまうことが、ほんとの地獄であるし、地獄にも涼しい素晴らしい心地よい天国の一瞬があるのが、地獄やと。

そういうわけでして。

私は、これが、天国なのかもしれないな、と、

たまに思う日々である。

死んだら、

もう、生まれたくない。

それでも、生まれるなら、

私は、教師になりたい。
自分が大好きなことを、自分のほんとに大切なことを、教える。つまり、それを学ぶ魂とともに、学ぶ。

絵の先生が良いかな。
じーっと、眺める。

そして、引き出してやる。

こう言えるのも、私は先生に恵まれた人生を授かった。
不思議である。
友達は極端に少ないけど。
友達が、おらんこともないのが、また、不思議である。

友達でいてくれる人間に感謝せなな、と思う。

さて。勉強しよ。

今、面白いんだ。嬉しい。












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2017.10.20 Friday 19:16 | - | comments(0) | -

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2017.11.20 Monday 19:16 | - | - | -
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