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ふと

思う。昨日は、一番好きな先生の授業やって、色々考える。
なんで、この先生は、人気があって、なんで、自分にとっても重要な先生なんやろ?なにがおもろかったんやろ?なんも理解してなくても、おもろかった。
仕事明けの、クタクタにくたびれた、今にも眠り落ちそうな体調でも、
やっぱ、なんかしらおもろかった。

昨日、ふと思った。

それをいま、思い出した。

当たり前っちゃ、当たり前やねんけど、先生は大学の先生でもあるけど、実際の哲学者であるところ。
その哲学者が現代を考察してる。その姿がかっこよかった。

その仕事は、教育者であるが、やっぱ、哲学者なんや思う。

私の恩師も、先生いうより、ただ単に、物凄い芸術家やった。だから、バリバリかっこよかった。

何かを具体的に学ぶというより、物凄い影響を受けてる。

もちろん、教わってきたが、
実際、教えてもらって学んで手に入れるものより、憧れて、影響されて、いつのまにか、少しずつ自分が洗練されていく。

そういうことの方が、忘れがたい。得難いからこその、ありがたみ。


私は、哲学者に憧れる。

私は、芸術家に憧れる。芸術家であればオッケーていうわけじゃない。やっぱ自分が尊敬する表現と、なんも思わない、なんも心に迫らない表現もあるから、そこは趣味とか、好みなんやろけど。

自分はなにをやってんねやろな?

私は、憧れてばかりいる。

私は、私の表現をするだろうと思う。しかし、いつも、いつも、いつまでも
憧れてばかりいるのかもしれない。


そんなもんじゃないかな、とも思う。


先生も、ある哲学者を30年研究してるが、わからないことばかり。というが、ちっとも、嫌そうでない。幸福そのものの顔で話してる。

なにか、そこで大切なものを育ててるように見える。

私も、ふと思うのは、

自分は仏教が好きだから、哲学も好きや。音楽や絵や、小説も。


まあ、それで、なにを目指して、結果がどうの、という短絡的な物語ではなくて、
ここにある、私の魂というものを、なんやろな、こう、うーむ、


わからんな。


いつか、見えるその日を待ちわびて。


見えたことにせず、わかったことにせず、決めつけないで、

いつか見渡したい。

私は、誰なのか。

いつか、わかる気がする。

仕事も、家族も、友達も、どうでも良い。

私は誰なのか。

たまに、そう思う。

こんな、楽しみな問題はない。
しかし、答えはないだろう。

私は誰なのか。














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2018.01.10 Wednesday 12:05 | - | comments(0) | -

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